A progressive Story #03
古都で重ねた歴史の先に
木版画の「いま」を描く
―――原田裕子
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一枚の和紙に、いくつもの版木を通じて色と形を重ねることで、美しい絵画が浮かび上がる。その工程は、世代から世代へ、技巧と美意識を幾重に重ねてきた伝統木版画の歴史そのものを表すようでもある。京都の木版印刷は約1200年にわたって発展を続け、雅な世界を彩ってきた。原田裕子さんは老舗「竹中木版」の若き六代目摺師(すりし)。職人として先人の技を守りながら、モダンな木版画やデザインも手がけている。しかし彼女は、各々の古さ/新しさは区別しない。自身にとっては、全ての仕事が常に新しいチャレンジだからだ。

原田 裕子
Innovator’s Profile
原田 裕子|Yuko Harada

1981年、鹿児島県生まれ。京都の大学に在学中から、手刷り木版工房「竹中木版」五代目の竹中健司に師事する。現当主・四代目の竹中清八からも手ほどきを受けて技を研鑽習得。大学卒業後も職人修行を重ねた後、竹中木版6代目摺師を襲名した。個人の木版画作家としても活動するほか、デザイナーとしても木版画の風合いを活かした意匠を考案している。

木版画のデザイン作業を行う原田さん
木版画のデザイン作業を行う原田さん。摺師の道を究めつつ、版下絵(原画)のデザインにも携わる。
四季折々のモチーフを巧みに図案化した美しさが魅力の原田さんのデザインする木版画
原田さんのデザインする木版画は、四季折々のモチーフを巧みに図案化した美しさが魅力。

京職人への扉を開いためぐり合わせ

京都、四条通の現代的な街並みから少し内側へ入ると、重要文化財「杉本家住宅」を含む、古色豊かな町家の並ぶ一画がある。そこに建つ風情漂う木造建築が、原田さんの仕事場だ。京都の木版印刷工房「竹中木版」で、六代目摺師(すりし)を務める。

「木版画は日本古来の印刷方法で、3つの工程を各職人が分業で行います。絵を描く“絵師”と、木版を彫刻刀で彫る“彫師”、その版木をもとに色付けする“摺師”です。私はここで、摺りの仕事を担っています」

摺師となって10余年。弟子入り時からあったという年季の入った作業台に向き合い、一日が始まる。カラフルな顔料を調合し、版木に丸刷毛で色を付け、湿した和紙に竹製のバレンで刷り込んでいく。凛とした所作は伝統を継ぐ練達ぶりを伝えるが、彼女は京職人としてはユニークな経歴を持つ。

「鹿児島で生まれ育ち、大学進学を機に、憧れだった京都で暮らし始めました。専攻した美術教育での教育実習で自ら授業内容を考える課題があり、私は、好きだった木版画の授業を計画しました。ただ、思うような道具が見つからず、色々と探すうちに竹中木版に辿りつきました。そこで、今の師匠に出会ったんです」

これが縁で伝統木版画の魅力を学び始め、熱心さを買われて弟子入りに至る。師は、竹中木版5代目の竹中健司氏。版画教室も開き、オリジナル商品の企画販売等を行う「竹笹堂」を起業するなど、進取の気性に富む人物だ。人材育成にも積極的で、女性の摺師は少ないこの世界に原田さんが進む道を開いた。完成品は華やかだが、現場はストイックなプロ意識に貫かれている。

「一番大切なのは、依頼された原画や求められるイメージに沿うものを、受注された枚数ぶん、均一な品質で作ること。ムラなく仕上げるのが正解の場合も、色褪せたような状態が答えの場合もあります。見本をもとに、刷る順序や色の強弱、紙質などを考慮して臨みます。ときには版木の表面に残る顔料など、前に摺った職人が残した情報を参考にすることも。いずれも経験値が重要です」

なお現在の竹中木版では、当主・四代目の竹中清八氏、五代目の健司氏も現役で、3世代が揃って仕事に勤しむ。師に学び、師の師にも学んだ環境が、原田さんの技に豊かな奥行きを与えているようだ。

摺師としての作業は建物2階の工房で行う 複数の版木に彫られたかたちを、各々の色で正確に摺り重ねていく
摺師としての作業は建物2階の工房で行う。複数の版木に彫られたかたちを、各々の色で正確に摺り重ねていく。

今日の「挑戦」が、明日の「伝統」を支える

京都は伝統を重んじると同時に、常に新しいものを吸収していく街でもある。原田さんは、竹笹堂の木版画デザイナーとしても活動するほか、分業制の伝統木版画とは異なるスタイルで、自ら絵も描く木版画作家としての顔も持つ。

「竹笹堂で木版画を活かしたオリジナル商品を強化すべく、そのデザインをする機会をもらいました。最初に担当したのはブックカバー。親しまれてきた木版画の千代紙を活かし、美しいブックカバーを求めるお客さまに“じつはこれは木版画”という形で良さを伝えられる、効果的なツールとなりました。私と竹笹堂、どちらにも大切な契機になった仕事です」

この仕事が注目され、原田さんは京都通に人気の『京都手帖』の版元から、表紙と挿画を例年依頼されることに。さらにこれを契機に、飾って楽しめるモダンな「季節の木版画」シリーズも誕生した。また、柄がつながる「連柄」版画は、その軽やかなパターンがタオルやスマホケースなど多様に展開されている。

「私が木版画に惹かれる理由のひとつに、図案の面白さがありました。いかに少ない“手”で面白く見せるかという心意気あふれる図案は、見ているだけでワクワクします。また、手描きより工程が多くなる条件下でも表現力を追究してきた手法ゆえ、デザイン性に優れていると感じます。そんな木版画で自ら絵を“描く”こともできるのは、とても楽しいことです」

ただ、彼女はこれらを「特別新しいことだと考えてはいない」とも言う。続けて、その真意をこう語った。

「木版画の可能性を探る点では、どの仕事も同じ気持ちです。工房が長年続けてきた受注木版画も含め、私にとってはどれも常に“新しい仕事”。他方、最近多い木版画と人気マンガのコラボレーションなどは、遡れば『北斎漫画』がある点で、単に新奇性というよりクラシカルな心持ちで取り組む部分もあります。一方の仕事で得た技術を他方で改めて実験することもあり、毎回が挑戦ですね」

竹笹堂の蚊帳生地布巾 オリジナル木版画
左は木版デザインを暮らしに取り入れた、竹笹堂の蚊帳生地布巾。右はフラミンゴと乙女椿のイメージを重ねたオリジナル木版画。
 
竹皮製のバレンで、紙の繊維の間にしっかり色を含ませていく
竹皮製のバレンで、和紙を版木に押し当てるように細かく動かし、紙の繊維の間にしっかり色を含ませていく。

未来を照らす光源は、積み重ねの中に

六代目摺師としては、自らの後に続く世代や、伝統木版画の未来についても考える立場にある。後進を見守るその想いについても聞いた。

「刷っては刷って、の毎日ですが、その先に見えるものが絶対ある。前に屋久島の夜の森で“光るキノコ”を見に行ったことがあります。案内人の方が“この辺にあるよ”と教えてくれても、最初は見えないんですね。でも静かに待って、見つめ続けると気付く。“光り出す”感じです。思うに刷師も、続けることでこそ、見えない世界が見えてくる。だから皆でこの仕事が続けられるよう、木版業界を盛り上げるべく頑張りたいです」

そんな原田さんが思い描く未来を尋ねると、「これは私個人の夢みたいなものですが」と前置きして、話してくれた。

「いつか、木版画実物を表紙に使った学校の教科書ができたらと思っています。子どもたちが優れた木版画を直に手に取ることで、かれらの記憶に残る機会を作りたい。それで、一番身近なのは教科書かなと。全国ぶん作るのは無謀ですが(笑)、京都で実現できれば嬉しいですね。土地ごとに、例えば器で知られる場所ならその器で給食を頂くなど、風土と文化が学びの場にも根付いていけば、素敵だと思うのです」

工房で見た多色刷りの「季節の木版画」の摺り作業では、いくつもの版木に刻まれた絵柄を刷り重ねるごとに、美しい楓歌留多(かえでかるた)が浮き上がるさまが印象的だった。最後の版木からはがした和紙を見つめる原田さんの眼差しは、同じ強さで未来にも向けられている。

色とりどりの顔料が並ぶ摺師の工房
色とりどりの顔料が並ぶ摺師の工房。この場所から、明日の伝統が生まれていく。
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